98年ル・マン特集ストーリー

信頼性 - ルマンに勝つためのカギ

信頼性 - ルマンに勝つためのカギ

グランプリ・レースのまるまる1シーズン分。パリ-ダカール・ラリーの全走行距離の3分の2。平均的なファミリーカーの4ヵ月分の走行距離。それを24時間の間に平均時速210kmで走破する。

大げさな宣伝文句に頼りがちな世の中で、ルマン24時間レースはまったく売り込みに苦労しない。一昼夜にわたってエネルギーをふりしぼり、クルマをガタガタにしてしまうフランスの伝統あるレースは、いまでもやはり世界で最も過酷なレースである。

この伝統ある耐久レースに勝つ難しさは1990年代のいまも1920年代の昔も同じである。
いまは航空宇宙技術のおかげでレースカーのテクノロジーは初期の宇宙船のレベルにまで進歩しているが、それでもリタイアするクルマの多さはスーパーチャージャーをつけたベントレーが活躍した頃と変わらない。平均すると、完走するクルマは全出走車の3分の1にすぎない。

「ルマンの特徴は、つねにスピードと信頼性の完璧な調和を要求されることだ。それは今後も変わらないだろう」と日産のルマン・プロジェクト・ディレクター、カキモト・クニヒコは語る。「ルマンで決して変わることがないのは、速さと耐久性のバランスをとることの重要性だ。何日もただ走り続けるクルマなら誰でもつくれる。だが、勝てるクルマをつくるとなると別問題であり、だからリタイアするクルマがたくさんでるのだ。あることのためにほかで妥協してしまうと、リスクが忍び入ってくる」

1997年、日産のR390GT1は予備予選で圧倒的に速いタイムを叩き出し、ルマンの話題をさらった。24時間レースがまだ始まってもいないのに、新聞の見出しは日産のルマン優勝は確実と書き立てた。

日産と組んでR390GT1をつくったTWRのトム・ウォーキンショーは、「昨年は予備予選で総合1位になり、私たちはビックリしてしまった」と振り返る。「それでいい気になってしまい、自分をちょっと見失った。ルマンをやったことのある人なら誰でも分かっていることだが、クルマの開発には時間がかかる。信頼性と速さを両立させるのにふつう2年はかかる」

「去年、ルマンから帰るとすぐに信頼性を高める仕事に取りかかった」とカキモトは説明する。「少なくとも、クルマは速かった。だから、あの距離を完走できるようにすることだけに焦点を絞った」

1997年のルマンのあとに行われた事後分析の一環として、クルマは完全に解体された。3000個の部品の1つ1つを再検討し、交換が必要なものは交換した。サスペンションとトランスミッションは1998年に向けて改良された。

日産とTWRは、チームのメンバーがたえず自分自身と互いの仕事ぶりを点検することで、人為的ミスを可能なかぎり排除したクルマづくりをめざした。主要部品はX線でチェックしなければならない。部品はすべて実際に目で見てヒビが張ってないか調べる。外部から調達する部品は必要最小限にとどめた。

スペアを十分に確保しておくため、3台のレースカー用につくった主要部品はすべて予備を大体3個ずつ揃えている。さらに、美しいボディも事故に備えてすでに11セット用意している。3台の日産R390GT1を運ぶには3台の巨大なトラックが必要である。

組み立ての品質は信頼性の方程式に欠かせないものである。有名なミュルサンヌ・ストレートは時速300km以上のスピードで走り、そして、きついコーナーにくると急ブレーキをかけて時速50kmにまで減速するのでものすごいGがかかる。だから、クルマの耐久性を調べるためにはテスト走行するしかないのである。

「テスト走行の代わりなるものはない」とチーフエンジニアのスティーブ・ファレルは断言する。「テスト走行して初めて部品の耐久性が分かる」

ほかの多くのメーカーと違い、日産はただ1つの目的のためにR390GT1をつくった。日本での1レースを除くと、この人目をひく流麗なスポーツカーが一般の人々の前に姿を現すのは年に一度、ルマンだけである。

「私たちは日産の技術力を実証し、品質と信頼性への評判を高める場としてルマンを選んだ。ルマンで勝つためには、このレースに100パーセント焦点を合わせる必要がある」とカキモトは言う。

ほかのレースでR390GT1の実戦能力を確かめることができないので、日産は最大限の信頼性を得るための入念なプログラムの一環として、自前の24時間“レース”を何回か開催している。

「テストでは、何から何までルマンとそっくりに行う。チームメイト同士でレースさせることもある。さらに、誰かにレース監視員の役をしてもらい、ピットストップのときにクルマの周りで働くメカニックの数が4人を超えていないか確認させる」

「24時間レースといえども1秒1秒を大切にしなくてはならない。しかし、速いことと同じくらい大事なのが細心の注意を払うことである。ピットストップがいくら短くても、やり忘れたことがあったら何にもならない。またピットに戻ってこなくてはならない」

テストが計り知れないほど重要なことはすでに実証されている。小さな故障のおかげで、エンジニアは部品の寿命に関する重大な情報を得ることができた。そうした部品は現在、ルマンのレースを2回続けてできるくらいに改良されている。

6月の本番では、細心の注意が勝者と敗者を分けるだろう。ルマンの歴史には、ほんのちょっとした技術的問題でリタイアしたという話が山ほどある。

軍事作戦並みに綿密なレースプランを立てるチームマネージャーのカメイとブノワは、「クルマを開発するときと同様、チームの全員にそれぞれ役割を与え、全員がほかの人の仕事ぶりをチェックするようにする」方針である。

「たえず1つ1つチェックして、危険の芽を摘んでいくことが大切だ。エンジニアから コックに至るまで万事がこと細かにプログラムされている。日産チームは専属のコック、医師、さらにはクリーニング屋まで連れていく。こうすれば安心してレースに集中できる」
クルマの仕上がりは完璧。チームワークも息がピッタリで、ピットに入る全員がそれぞれ役割を与えられている。あとただ1つ残された不確定要素、それがドライバーである。

「日産チームのドライバーは、ほかのメンバーと同じく適任者が揃っている」とカキモトは胸を張る。「ところが、クルマの中でほかのものはすべて妥協せずにつくってあるのに、各車に3人のドライバーが乗るため、シートポジションについては3人全員がそこそこ満足できるところで妥協しなくてはならなかった」

「2人のドライバーにとって申し分のないシートポジションであっても、あとの1人がしっくりこなくてタイムをロスしたら、ほかのすべての作業が台無しになる。勝つためには、1ヵ所でも不具合があってはならないのだ」

「今年は優勝を狙っていくが、大事なのは優勝争いに加わることだ」とカキモトは決意を語る。「ABS、エンジン、軽量部品などレースから学んだ先進技術がゆくゆくは当社のロードカーに採り入れられるのだから」

以 上